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広島地方裁判所 昭和45年(行ウ)26号 判決 1977年3月10日

原告 滝本高男 ほか一三九名

被告 広島県知事

訴訟代理人 角田光永 下元敏晴 山口英雄 ほか一名

香川宗一

主文

原告らの本位的請求及び原告宮田耕治を除くその余の原告らの予備的請求をいずれも棄却する。

原告宮田耕治の予備的訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  本位的請求

(一) 被告が昭和四五年三月一六日参加人に対し呉市宮原通四丁目九一番地に病院の開設を許可した処分(以下「本件許可処分」という。)は無効であることを確認する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  予備的請求

(一) 被告のなした本件許可処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告及び参加人

1  本案前の答弁

(一) 原告らの本位的、予備的訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告らの本位的、予備的請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告ら

(請求の原因)

1 行政処分の存在

被告は、昭和四五年三月一六日参加人が従来呉市本通二丁目に経営していた結核病院たる香川病院(以下「旧香川病院」という。)を住宅地帯である同市宮原通四丁目九一番地に移転開設することを医療法七条一項により許可した。

2 本件許可処分の瑕疵

(一) 実体的瑕疵

(1) 環境権の侵害

被告は、公害対策基本法五条により住民の健康を保護し生活環境を保全するため、公害の防止に関する施策を実施する責務を負うものであるが呉市は大気汚染防止法による汚染指定地域となつており、そのなかでも右宮原通地区は隣接の昭和通に所在する株式会社日新製鋼所呉製鉄所等の工場群から排出される亜硫酸ガス、降下煤塵と同地区の自動車排気ガスのために第一位の大気汚染度を示している公害地区であり、呼吸器疾患が多発している。このような健康に有害な地域に結核を中心とした患者を収容する病院を新規に開設することは、右大気汚染に加え開放性結核患者が散布する病菌により住民に結核を感染させるなど生活環境を悪化させる虞れが大である。かかる状況を惹起する本件許可処分は、原告ら住民が生命、健康を侵されることなく快適な環境に生活するという憲法上の権利(環境権)を侵害し違法である。

(2) 医療法、医師法、結核予防法違反

(イ) 本件許可処分により、大気汚染のため健康に有害な環境地域に病院を開設することは収容される患者にとつて適正な診療が期待できない結果となる。(医療法一条、二〇条、二三条、医師法一条、結核予防法一条、二条違反)

(ロ) 参加人の開設許可申請によれば医師八名看護婦三〇名を置くことになつているが、これだけの人員を充足しうる客観的現実的可能性がない。(医療法一二条一項一号違反)

(ハ) 参加人が現在経営してい旧香川病院の医師数は二名であるが、同病院が医療法二一条一項一号、同法施行規則一九条一項一号によつて必要とされる医師数は八名であり、参加人の所得からすれば右必要数を充足することは可能であるに拘わらずこれをせず病院開設に好ましくない大気汚染地域において地元住民の反対を押切つてまで結核病院を開設しようとしていることに照らすと本件病院の開設は純粋に医療を目的としてでなく、営利を目的としたものといえる。(医療法七条四項違反)

(3) 本件許可処分は、内容不明確かつ実現不可能な条件を付し、またはその条件の整備を全く行わないでしたもので違法である。

すなわち、被告は本件許可処分につき(イ)医師定員の厳守、(ロ)病院の医療監視、指導の徹底、(ハ)開放性結核患者を収容せぬことの指導、(ニ)結核患者の外出防止指導、(ホ)病院の汚物処理につき、都市下水施設の整備等により遺憾なきよう措置することの五条件を付している。しかし(イ)については実現の可能性がなく、(ロ)以下の指導措置については被告が自ら行なうべきに拘わらずこれを呉市長に依頼したが、拒否されている実状である。

(二) 手続的瑕疵

(1) 被告は地方住民に対する奉仕者として住民福祉に重大な利害を及ぼす本件許可処分をなすに当つては、関係地域住民またはこれを代表する自治体の意見を諮り住民の意思に反しないように配慮すべきである(地方自治法一条、地方公務員法三〇条、憲法九九条)。しかるに被告は呉市立宮原小学校PTAら宮原通地区住民の反対意見、呉市長及び呉市議会の公式要望並びに反対意見を無視して本件許可処分をなしたものであつて適正手続の保障に反し違法である。

(2) 本件許可処分に際し呉市西保健所長から被告に提出された副申書によると旧香川病院の現況医師数四名と記載されているが前記のとおり現実には二名に過ぎない。右保健所長は旧香川病院の現況が医療法二一条一項一号に違反することを知悉しながら敢えて内容虚偽の副申書を提出したもので本件許可処分はかかる虚偽文書にもとずいてなされた違法がある。

(三) 以上のとおり本件許可処分の瑕疵は明白かつ重大であるから無効というべきであり、かりにそうでないとしても、違法として取消さるべきである。

(訴えの利益ないし適法性についての主張)

本件許可処分により本件病院が開設されることとなれば、呉市内に居住する原告らは環境権を侵害されること明らかであり、また原告らが結核に感染して被告の入所命令(結核予防法二九条)により強制入院させられる場合には被告の指定により本件病院に入院させられることとなり適正な診療を受けえない公算が大であつて原告らは本件許可処分の無効確認もしくは取消を求める法律上の利益がある。

なお、原告らは本件許可処分がなされたことを昭和四五年八月に至つて知つたものであるから本件許可処分取消請求は出訴期間内に提訴されたものである。

(被告及び参加人の本案の主張に対する答弁)

病院の開設についての都道府県知事(以下知事という)の許可がいわゆる覊束処分であるとの主張は争う。たとえ開設認可申請にかかる病院が法定の要件に適合していても、右病院が傷病者に適正な診療をなしえない場合あるいは地域医療の向上に役立たず部て害悪を及ぼす危険性の存する場合には許可しないことができると解すべきである。

参加人の開設許可申請が法定の要件に合致していたとの主張は争う。

二  被告及び参加人

(本案前の主張)

原告らが本件訴えを提起するについて法律上の利益はなく本件訴えは不適法である。

すなわち、原告らの環境権侵害の主張は理由がないし、また主張にかかる入所命令についても被告が患者に対し入所すべき病院を指定することは法律上も事実上もありえず患者が選択する余地があるのでこの点に関する原告らの主張は理由がない。

また、本件許可処分取消の訴えは出訴期間を徒過しており違法である。本件許可処分がなされたのは、昭和四五年三月一六日であり、原告らは遅くとも四月一三日には右処分の発せられたことを了知していた。しかるに本件訴えは右同日より三箇月を経過した後に提起されているから不適法である。

(請求の原因に対する答弁)

1 請求原因1は認める。

2 同2の(一)の(1)の事実のうち被告が公害対策基本法所定の責務を負つていること、呉市が大気汚染防止法による指定地域であることは認めるが、宮原通地区が呉市の中でも第一位の汚染度を示している地域であつて、呼吸器疾患の多発地区であることは知らない。本件病院が結核患者を中心として収容するものであること、収容する開放性結核患者により地域住民に結核を感染させる危険があるとの事実は否認し、環境権についての主張は争う。

3 同2の(一)の(2)・(3)の各主張はいずれも争う。

4 同2の(二)の(1)の事実のうち、被告が住民に対する奉仕者であること、宮原小学校P・T・Aから病院開設につき反対意見の具申されたことは認めるが、その余の主張は争う。

5 同2の(二)の(2)の主張は争う。

6 同2の(三)の主張は争う。

(被告の主張)

病院の開設については、医療法七条一項により知事の許可を受けなければならず、申請を受けた知事は同条三項により、申請にかかる病院の施設の構造設備及び有する人員が同法二一号、二三条にもとずく省令の定める要件に適合するときは、同法七条四項にいう営利を目的とする場合を除き、許可しなければならないとされている。すなわち右許可はいわゆる覊束処分であつて申請が営利を目的とする場合を除き被告の裁量の余地はない。

参加人は、被告に対し昭和四四年八月一八日付許可申請書、昭和四五年二月二一日付変更申請書に基き呉市宮原通四丁目九一番地に一般病床七八床、結核病床三五床計一一三床の病院を開設する旨の申請をした。

ところで、病院の開設許可申請書には、医療法施行規則(昭和四五年厚生省令五二号による改正前のもの、以下同様)一条一項に基き一定の事項について記載することを要すとされており、参加人が提出した許可申請書についてこれをみると、病院の構造設備及び有する人員は、同法二一条、二三条の規定に基く同法施行規則一六条、一九条、二〇条所定の基準に適合していた。

すなわち、参加人の右申請は法定の要件に適合していたため被告が本件許可処分をなしたものであつて違法はない。

第三証拠関係<省略>

理由

一  まず訴えの適法性について判断を加える。

1  法律上の利益について

原告らは本件病院の開設により地域に居住する住民として環境権を侵害されるので本件許可処分の無効確認もしくは取消を求める法律上の利益があると主張するのでこの点につき按ずるに申請にかかる本件病院の開設地が呉市宮原通四丁目九一番地であることは当時者間に争いがなく記録に徴すると原告らが呉市内の本件病院開設地付近に居住する住民であることが認められる。そして医療法一条によると、病院は傷病者が科学的でかつ適正な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され、かつ運営されるものでなければならないと規定されており、その他同法の規定全般に照らしてみると、同法が病院開設、維持を知事の許可にかからせた趣旨目的は主として病院を診療のため利用する傷病者の立場を考慮し適正な医療機関たることを保障しようとしたものと解することができるが更に同法二三条による同法施行規則一六条一項六号によれば病院開設の要件として精神病室、伝染病室及び結核病室については病院の他の部分及び外部に対する危害防止及び伝染予防のため遮断その他必要な措置を講ずべきことを規定しており、本件の如き結核病院においては入通院する傷病者の立場のみならず付近の住民が伝染を受ける危険にさらされないようこれらの者の立場をも保護しようとしている法意をうかがうことができ、これも許可制度をとつた一つの目的であると解することができるし、<証拠省略>によれば病院開設許可申請に際しては行政上の慣行として地元住民の意見を含めた保健所長の副申書が知事宛に提出されることになつていることが認められ右慣行も同趣旨にでたものといえよう。

そうすると本件病院開設地付近の住民たる原告らは本件病院の開設により結核感染その他健康上の侵害を受けないことにつき法律上の保護を受けているものということができるから本件許可処分の無効確認もしくは取消の訴えを提起する法律上の利益があるものと認めることができる。

2  取消の訴えの出訴期間経過の有無について

本件許可処分が昭和四五年三月一六日なされたことは当事者間に争いなく、昭和四五年(行ウ)第二六号病院開設許可取消請求事件の訴状が同年八月一三日に、第二九号事件の訴状が同月二七日にそれぞれ当裁判所宛提出されたことは記録上明らかである。

そこで、原告らが本件許可処分のなされたことをいつ了知したかについて検討するに、<証拠省略>によれば、右処分のなされる以前から、地域住民が病院開設に対する反対運動を活発に展開し処分後の三月二四日には、原告宮田耕治が病院建設反対請願書を提出して本件許可処分の取消を求め四月一三日には住民の決起集会が開催されたことが認められるのであるから右処分がなされることに強い関心を持つていたと認められる原告らの大部分も右のような機会を通じて右処分の存在を知りえたことを推認できなくもないが、原告宮田耕治を除くその余の原告らが右処分の存在をその頃了知していたことの確証となる資料はなく却て原告保喜甲子男尋問の結果によれば、同年八月頃本訴提起のため県庁に赴いて右処分の有無を確認して始めてその存在を了知したことが認められ、原告宮田耕治を除くその余の原告らも了知の時期は右同様と認めるのが相当であつて、本件許可処分があつたことを知つた日から三箇月以内に本訴が提起されたものと認める。他方原告宮田耕治については前記認定のとおり同年三月二四日までには本件許可処分を了知していたと認められるから、出訴期間徒過の違法がある。

二  本件許可処分の適法性について

被告が昭和四五年三月一六日、医療法七条一項に基き本件病院に対し本件許可処分をなしたことは当事者間に争いがない。

(一)  医療法七条三項によれば病院開設許可の申請があつた場合

知事は申請にかかる医師等の人員、施設等が同法二一条、二三条の規定にもとづき省令の定める要件に適合するときは、許可しなければならないと定めているところ原告は本件許可処分が右法定要件を充足していないと主張するので判断する。

右医療法規の定めるところによれば人員については同法施行規則一九条の定める算出方法による人員数が必要であり、施設については、同法二一条一項二号ないし一五号に定める施設を有しかつこれらの施設が同規則二〇条に定める基準及び同法二三条にもとづき同規則一六条の定める基準に各適合していることが必要であるが<証拠省略>によれば、本件許可処分に際し参加人は被告に対し昭和四四年八月一八日付許可申請書(<証拠省略>)、昭和四五年二月二一日付変更申請書(<証拠省略>)を提出し一般病床七八床、結核病床三五床の計一一三床の本件病院を開設する旨申請をしたが、本件病院の施設の構造設備及びその有する人員はいずれも右法定の要件に適合するものであつたことが認められる。

なお、原告らは参加人が医師、看護婦等の人員を申請どおり充足することが客観的現実的に不可能であると主張するが、知事は申請の内容が一見して実現不可能と認められる場合を除き、申請の限りで法定人員充足の有無を審査判断すれば足り開設者にその申請内容を遵守させることは開設後における指導監督等の措置にゆだねられていると認められるから、除外事由の明らかでない本件病院につき医療法二一条一項一号の違反はないものというべきである。

(二)  被告は医療法七条の病院開設許可がいわゆる覊束処分であつてその人的物的設備が前項の法定の要件に適合する以上、営利を目的とする場合を除いて知事は開設許可処分をなさねばならず原告主張のその余の無効違法事由を斟酌する余地がないと主張する。

おもうに病院開設は私人の営業行為たる一面を持つけれども又前記のごとく傷病者のために科学的にかつ適正な診療を目的として組織され、運営されるべきものであつて公益的な要請が大である。知事が病院開設後施設の使用制限命令等をなしうること(医療法二四条)、病院の開設者等に対し、報告の聴取を求め、立入検査をなしうる権限を有すること(同法二五条)、現実に病院を使用するに際しては改めて知事の許可をえなければならないこと(同法二七条)、知事が病院開設者に対し管理者の変更命令を発しうること(同法二八条)、開設許可取消、閉鎖命令を発しうる権限を有すること(同法二九条)も同旨にでたものということができる。しかも病院が本件のごとく結核病院たる場合においては前記のごとく法は、病院の外部に対する伝染予防のため、遮断その他必要な措置を講ずべきことを定めているのであつてこのことは進んで一般公益の要請に応えるだけでなく特定の結核伝染の惧れのある病院開設地付近の住民の生命身体の安全を顧慮している法意と解することができるから付近住民は結核病院の開設時においてすでに結核伝染の倶れを蓋然的に認めうる場合においては知事のなした開設許可処分により自己の生命身体の安全を侵害されることを理由として救済を求め得べきものである。

医療法七条四項は病院開設が営利を目的とする場合においては知事が許可を与えないことができると規定されているが付近住民の生命身体の安全に脅威を与える如き場合など病院に要請される公益性に反する事由があるときは同法にいう営利を目的とする場合に該当し、もしくはこれに準ずる除外事由と解釈するのが相当である。

この限りで知事は病院開設を裁量により許可しないことができることとなる。

そこで以下本件許可処分の適法性につき原告らの主張に則して検討を加える。

(1)  原告らは本件許可処分が環境権を侵害すると主張するので判断する。

被告が公害対策基本法五条により住民の健康を保護し、生活環境を保全するため公害の防止に関する施策を実施する責務を負つていること、呉市が大気汚染防止法による汚染指定地域であることは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、香川病院の開設地に近接して株式会社日新製鋼所呉製鉄所等の工場群が存しこれから排出される亜硫酸ガス・降下煤塵が主たる汚染源となり、更に付近を通過する自動車の排気ガス等が加わつて昭和四三、四年頃から大気汚染が特に深刻化したこと、そのため呉市医師会が中心となり大気汚染の呼吸器等に及ぼす影響を知るため一連の調査を行い、昭和四七年度からは小学校児童を対象に喘息様疾患の調査を行つたところ、気管支喘息の頻度において呉市内の地区が周辺地区に比して相対的に高率を示したこと、更に調査校中でも宮原小学校が特に高い比率を示したことなどの事実が認められる。また<証拠省略>によると、岡山県倉敷市水島地区での調査結果として大気汚染地区の住民には、他地区の住民に比して気管支喘息をはじめとする呼吸器疾患の発生率に明らかな有意差があることが認められる。これらの客観的な資料を前提として証人丸屋博は結核病院について出入りする開放性結核患者が感染源となつて結核菌を散布し、大気汚染による住民の病菌に対する低抗力の低下と相まつて結核に感染する危険が増大するものと証言しているが、大気汚染による呼吸器疾患一般に対する抵抗力の低下は肯けるにしても大気汚染地域における結核感染の危険度については未だ客観的な資料がなく却て<証拠省略>によると呉市本通二丁目に所在する旧香川病院について、かねて周辺に結核患者が多発しているとの風評があり調査したところ、そのような事実はなかつたことが認められ、進んで同証人は結核病院が開設されることによる附近住民の結核感染の危険については否定的な見解を述べている。

以上のとおり、本件病院開設によつて原告ら地域住民が結核に感染する危険が増大するとの原告らの主張は直ちに採用することができない。

(2)  原告らは参加人の本件病院の開設が営利を目的とするものであつて被告は医療法七条四項の規定に基き許可を与えるべきものではないと主張するので判断する。原告ら主張の営利性の根拠は参加人が経営する旧香川病院の必要医師が八名であり参加人の所得からすれば必要人員を充足することは可能であるのに僅か二名しか常置していないことのほか立地条件として適正を欠く大気汚染地域に地元住民の強い反対運動を押し切つても本件結核病院を開設しようとしていることを挙げているのであるが参加人が収益を挙げるため殊更必要数の医師を常置しないというような事情を認めるに足る証拠はなく又開設地が立地条件として不適正であることについては<証拠省略>によれば参加人経営の旧香川病院が老朽化したため管轄保健所の改善指導に基き宮原通地区への移転開設を計画したものであり、本件許可処分後も、付近住民の反対を配慮して他に開設地を求めるべく努力を払つたが奏効しなかつた事情が認められ、これらの事情に徴すると参加人が必ずしも営利を目的として宮原通地区での開設に固執するものとも認め難い。

(3)  原告らは本件開設許可処分が開設地付近の大気汚染が本件病院における診療に与える悪影響を考慮しないもので医療法、医師法、結核予防法に違反すると主張するので判断する。おもうに結核病院に限らず一般病院においても立地条件が大気汚染地域より空気が清浄で健康的な地域に在ることが望ましいことはいうまでもない。しかし結核病院を大気汚染地域に開設した場合に、大気汚染が結核診療の上でどの程度有害な影響を及ぼすものであるかについて証拠上明らかでない、却て前記上田証言によれば結核患者に対する診療について空気の清浄な地域における療養が患者にとつて望ましいけれども結核治療法の進歩科学的な病院内環境の整備等により空気が汚染された地域において結核が治療できないとは一概にいえないことを指摘しており、結局大気汚染地域に病院を開設することは決して好ましいこととはいえないけれども病院開設が医療上許さるべきものでないとは認め難い。

(4)  原告らは、医師定員の厳守等その主張にかかる五項目の事項が本件許可処分に付された条件であることを前提とし、その内容が不明確かつ不可能なこと、あるいはその整備が全く行なわれていないことを理由として処分の違法を主張する。

しかし<証拠省略>によると、右五項目の事項は、本件許可処分のなされた日広島県県衛生部長が呉市長に対し「病院開設許可について」と題する書面(<証拠省略>)を送り本件病院に対し今後の指導監督を要望したものであり、これは県当局が本件許可処分がなされたことにより付近住民の不安が生ずることを倶れこれを解消するため呉市長に行政指導的措置を要望したものにすぎないことが認められる。右のような五項目の名宛人、内容からすればこれは本件許可処分に付けられた条件ではなく別個の行政措置であるから、かりにその内容が不明確かつ不可能である等の事情があつても本件許可処分の効力に影響を及ぼすものではない。

(5)  原告らは、地方自治法一条、地方公務員法三〇条、憲法九九条を援用し、被告は地方住民の奉仕者として、住民の福祉に重大な利害を及ぼす処分については、関係地域住民またはこれを代表する自治体の意見を諮り、住民の意思に反しないように配慮すべきであるのにこれを欠いているから本件許可処分は違法であると主張するがこれらの規定は地方自治の目的、地方公務員の服務基準、憲法遵守義務を抽象的に宣言したに止まり知事に対し病院開設許可処分の前提として具体的な義務を課しているものではないから本件許可処分の違法事由とはならない。

(6)  原告らは、呉市西保健所上田博美が本件許可処分に際し、被告に提出した副申書(<証拠省略>)中の医師員数の記載が旧香川病院の現況医師数を表示すべきものであるのにこれを記載せず内容虚偽であつて、かかる虚偽文書にもとづく本件許可処分は違法であると主張するが、<証拠省略>によれば、右記載は「職種別従業員の現況」との表示のある欄の中にあるものの、新たに開設される本件病院の必要医師数を記載したものであつて、同病院が結核の特殊病院として指定を受ければ必要数は四名となるのでその旨記載したことが認められる。従つて、右文書中の前記表示が適切でなく誤解を招く虞れがあるが、前記々載自体は格別虚偽を記載したものとは認められない。

三  結論

以上のとおり原告らの主張はすべてその前提事実において理由がなく被告が医療法七条四項に基き不許可となしうる場合に該当せず結局本件許可処分は適法であつて違法として無効もしくは取消し得べき事由は存しない。よつて原告らの本件許可処分の無効確認を求める主位的請求、及び原告宮田耕治を除くその余の原告らの取消を求める予備的請求はいずれも失当であつてこれを棄却することとし、また原告宮田耕治の予備的訴えは出訴期間を経過した違法があるので却下することとし訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺博介 平湯真人 田中澄夫)

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